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機材四方山話 by ToneFlake ~シリーズ1:機材目利き列伝 Vol.6~
ロストテクノロジー復活の日
前回は真空管とトランジスタの基本に少しだけ触れるような部分で終わりました。さてさて真空管、トランジスター、アナログ、デジタル、実機/VS/プラグイン、この数十年の間でまぁよくもこれだけ物事の基本価値を大きく変えるようなコンポーネントを作り出してきたものだと思います。しかしながらこれらは進化というよりは二次的もしくは三次的理由により変化をして来たものであって、自然発生的に進化して来た事情とは異なると私は考えています。『昔はよかった、アナログは良かった、レコードの方が音が暖かくていい…。』などの言葉を幾度聞いたでしょうか。そしてそれらは事実だったのでしょうか?
素晴らしい技術の数々は忘れ去られ、伝承もされずに危うく滅亡する所でした
昔は良かったというのは個人の主観に因る所なので一概に否定出来ませんが、そもそもある時代に存在している録音/再生システムはそれを取り巻く当時の社会情勢や時代などにその存在理由をほぼ委ねていると言って間違いないでしょう。つまり大量生産複製技術がレコードであるからみなレコードを作り、それに伴って録音技術や販売の方法などが成熟していくというわけです。そしてそれが定石となり安定して続いていくのだと思われた矢先に新たな技術の可能性を実証する為なのか、それとも新しい産業を起こし新たなビジネスで儲ける基盤を打ち立てる為なのかわかりませんが全く新しい形態が現れます。最初のウチは既得権益にしがみつく勢力が新興勢力を排除しようと動くのですが、新しいものには新規参入者にも権益に食い込む余地が残されていますから、その総数がある一定数を上回った時に一気に時代は変化します。CDがそうでしたね。うんとマニアックな一部のリスナーを除いて誰もがアナログを捨て、もしくは見放し、大手も皆それに右にならえで進んできました。素晴らしい技術の数々は忘れ去られ、伝承もされずに危うく滅亡する所でした。
それはさて置き、そもそもなぜレコードは廃れたのでしょうか?理由は幾つかありますが、その最たるものはすばりコストだと思います。それは製造する側のコストもそうですが、購入する側にもコストの負担を強いて来たのです。実体物が大きい、経年劣化する(これはデジタルでもCDでも有るのですが、この場合はそれの意ではなく)などです。もしアナログレコードの質感や品質がそのままで、保管場所も要らず、便利にコンパイル出来て安く買えたなら果たしてアナログレコードは廃れたでしょうか?もしダウンロードやクラウドミュージックと同じくらいの負担でその音が手に入るとしたらどうでしょう?
実際にはそんな事はないので『たら、れば』なのですが(苦笑)最近になって産業的な意味合いから変革を余儀なくされた様々なフォーマットに対して消費者がその根本に気がつき始めたのです。つまり誰かが儲けるために新しいシステムを構築しようとしているという、音楽や音質、技術の進歩とは関係のない理由で物事の変革が起こっているという事実に気がついたのです。ではそれらの理由を排除して純粋に音楽的な理由で何が音が良かったのかという考察をすると、アナログレコードや真空管、テープレコーダー、カセット、これらはまだまだ存在出来る余地があったのです。環境ノイズや再生時のノイズが非常に少ないというデジタル機器の良さはあるとして、ある一定の品質以上のアナログは時としてそういったデジタル機材と対等に渡り合う事すらあります。
ゲルマニウムトランジスター、真空管、これらを用いた純粋なアナログ機材は決して劣っていたわけではありません。もちろんある一定の性能を叩き出すにはコストがかさむのは事実ですが、性能自体が劣っていた訳ではないのです。しかし大量生産によるコスト削減の恩恵を受けていた時代に逆戻りする事はないので現在に於いて過去の製品を同じ品質で再現しようとすると高くつく事になります。
ところが最近ではネットのおかげで、全世界の『ロストテクノロジー』を今だ現役で使っている人、過去の遺産の大量在庫、3Dプリンターや切削加工機械のおかげでそういった機材がグっと安く作れるということ、また無意味に大量生産するのではなく欲しい人達に向けて確実な供給をするクラウドファウンディングなどのビジネスの情報が手軽に入ってくるようになりました。以前よりは少し高いかもしれないけど、本当に欲しかった人達には願ってもない話です。
物の価値が本来あるべき姿で評価される時代が来ようとしているのです。ただ、それはマスではなくあくまでマニアの世界の話なのですが…。 そう考えるとこれからどんな機材が出てくるのか楽しみでもありますね。次回はぐっと技術内容に迫った記事でお届けしたいと思います。
以前のシリーズはこちらから
> Vol.1 マイクプリアンプ編のコラムはこちら
> Vol.2 ダイナミックマイクロフォン編のコラムはこちら
> Vol.3 ビンテージ機材の見極め編のコラムはこちら
> Vol.4 我々は一体何を聞いているのか?
> Vol.5 電気について理解しよう
著者紹介
佐藤俊雄(さとう としお)
1991年TONEFLAKE 設立。
真空管機材をメインにビンテージ機材のメンテ、改造、リボンマイクの修理などをはじめる一方、独自のブランドの機材も製作する。ヨーロッパ在住の経歴を生かし米国以外のメーカーとも連携を深める。
現在宮地楽器MID所属の傍ら、独自の研究と商品開発も続ける異色の存在。
1920年代からの録音機材の収集や1950~60年代のアナログレコーディング技術に詳しい。
メジャーレコード会社にての作家(アーティスト)およびエンジニアの活動経験もある。