我々は一体なにを聞いているのか?

前回の終わりに『次回はビンテージ機材のレプリカについてです。』と予告を書きましたが、今回は先にお話しておきたい内容をお届けいたします。

ずばり題名そのまま「我々は一体なにを聞いているのか?」ということです。我々は、機材を買って録音してモニターで聞いて、『音が良いとか悪いとかこのケーブルが良いとか』やっているわけですが…

さて、この『音が良い』というのは一体どういう事なんでしょうか?

電気を使って音楽(音)を再生(拡声)するという事

音を記録出来るというエジソンの発明から138年経とうとしている今日、エジソンシリンダーレコードや同等のレコーディングシステム以外では必ず電気を使いますね。『電気を使って録音するという事』と『電気を使って音を遠くまで運ぶ、もしくは小さい/大きい音で自在にコントロールして聞くという事』は似てる様でちょっとカテゴリーの違う話なのです。今回は、電気を使って音楽(音)を再生(拡声)するという事に焦点を当てたいと思います。

PAシステムを思い浮かべてみて下さい。マイクにコードを繋ぎ、それをミキサー(もしくはマイクロフォン用のプリアンプ)に繋いで信号を増幅します。そして、更にパワーアンプで増幅しスピーカーに繋ぐ/或いはヘッドフォンに繋ぎます。その際、マイクが拾った信号はどうなっていくのか順を追って見てみましょう。

音が良いという正体!

まずダイナミックマイクの場合、マイクに向かってしゃべった声はダイアフラムを揺らします。このダイアフラムは磁石にコイルが巻いてある作りになっていて、音が入るとそのコイルにフレミングの法則により電流が発生します。この電流はとても微弱ですがコイルからミキサーまでケーブルを伝っていきます。この電流は音声信号がそのまま変換されたいわばピュアな音声電流です。この電流がミキサーのヘッドアンプに入力されます。様々な素子を通過して必ず突き当たるのが最初のトランジスタかFETかオペアンプです。つまりここでピュアな音声信号だった電流は一度壁によって遮られ、その電流の特性やシルエットだけが取り出されるのです。分かり易くいうと、最初の信号が一枚の絵だとして、その次のステップで写真なりコピーなり模写なりをされてオリジナルの絵はそれ以降登場しなくなるのです。その模写された絵を構成するのは新たなエネルギーであるミキサーに供給される電源です。
分かりましたか?そうです!つまり変換されて以降の音声信号を構成するそのエネルギーは『最初の音声信号の微弱な電流とは全く関係ない、新たに供給された電流』なのです。新たな電流を元の信号の特性に似る様に形を調整する機械、それがトランジスタやオペアンプ等なのです。

よって、元の信号はその段階ではすでに存在せずに新たな電源によって作り出された『モノ』を聞いているわけです。アンプやミキサーの内部ではこれが数十段と行われており、どんどん元の信号から離れて行きます。最終的に耳にする音は最初のマイクが取り込んだ微弱な電流とは関係のない、新たな電源装置から供給された電流があたかも最初の信号のように振る舞ったモノをさらに増幅してヘッドフォンやスピーカーを振動させているものなのです。

上記の結論から、我々が電気を使ったシステムで聞いている音というのは電源装置が作り出した電流の変形であるということなのです。最初の音はもはや関係ありません。だから音が良いとか悪いとかいうのは言い換えれば、その電源装置が良いか悪いか?もしくはその設計が良いか悪いか?もしくは最初の音声信号の模倣が上手に出来ているか否か?という事にほかなりません。そうです、つまり使っているシステムの中の電源装置が音が良いか悪いかのほとんどの部分を占めているわけですね。

出来るだけ単純で素朴な素材がいい結果を産む!

最近ではワールドワイドで使える機材が重宝されており、電源もAC100~240Vオート検知対応のパワーサプライが大人気です。たしかに一々重たい電源変換トランスやその国毎に違う装置を作る手間も省け、非常に便利です。照明や電熱器具などその電流の品質が目的に直接関係のないような用途の場合は電流の質が悪くても然程問題にはなりません。便利な方が良いに決まってます。しかし音に関する機材ではどうでしょう?たとえばハンディ掃除機の充電用の電源はノイズがあろうが、ハムが乗っていようが関係ありませんね?充電出来ればそれで良いのですから。ところがヘッドホンアンプやオーディオなどではどうでしょう?もしノイズが乗っているような電源や、設計でノイズを消す部分の回路をコストダウンの為に省略したような回路の場合、その品質の電流が直接ヘッドフォンの振動板やスピーカーのコーンを振るわせるわけです。元がどんなに良い音であってもここで全て台無しになってしまうのは明白です。最近流行の『スイッチング電源』とはオート電圧検知で世界中どこでも使え、周波数も電圧も関係ありません。非常に便利ですが幾つかの欠点があります。一番問題になるのはそのスイッチングノイズなのです。

スイッチング電源とはどういう仕組みなのかは詳しくはまたの機会に説明するとして、なぜノイズが出るのかを簡単に説明します。スイッチング電源は一秒間に多いものでは数百万回というスピードで元の電気を切り刻みます。これを再合成する事で交流から直流を作り出すのですが、切り刻む時と再合成の時にどうしてもその傷の部分がノイズとなって残ってしまうのです。フィルターやコイルで或る程度消す事は出来ますが完全に消去する事は難しく、またお金もかかります。利益を上げなければならない大きな企業が作る装置ではお金のかかる部分はどうしても省略されていく運命にあります。『だいたいの人に聞こえなければ良いだろう』という基準で設計は進められますから耳の肥えた人が聞けばとても堪えられるような物ではありません。それでもパっと聞いてノイズは無いので問題なしとして組み込まれていくのです。

僕が機材を見る時に中を開けてまず電源部を確認します。電源部の設計がおざなりになっているようなメーカーは大したことはありません。上記で説明したようなこの世界の大常識を理解していない、もしくは安ければ何でも良いという企業理念が見えてくるからです。良い設計のプリアンプでも、たとえ初段が『ナントカ接続のナントカ方式』でその技術を高らかに謳っていたとしても、それを駆動する電源が安物でノイズだらけの物であればなんの意味もありません。我々が聞くのはその設計やその貴重な素子の音ではなく、あくまで流れてくる電流だからです。だから驚く程単純でなんの工夫もない古典的なプリアンプであっても丁寧に設計され『音とは電流である』という基本を理解している人の作った装置は音がとても良いのは当たり前の事なのです。

だからといって巷で最近話題の電源ケーブルや電源プラグなどの行き過ぎたモノはどうかと思いますね。確かに変化はあるし、高いものはそれなりの結果を出しているのも事実ですが、中には無用な高価な金属を使用したり、単純に儲けるために作ったような眉唾モノのプラグなども沢山あるので要注意ですね。電流とは何か?という基本に立ち返れば何がいい結果をもたらすかおのずと分かると思います。出来るだけ単純で素朴な素材がいい結果を産む場合が多いようです。それと接続部にゴミやサビなどのジャマが無い事。つまりプラグやジャックを綺麗にしておく事の方が高いケーブルを使うよりも遥かに良い音を生み出せるのです。

どうでしたか?こうやって見ると自分の機材の音を一段上に上げる為には次になにをブラッシュアップしたら良いのかわかりますね。

以前のシリーズはこちらから

> Vol.1 マイクプリアンプ編のコラムはこちら
> Vol.2 ダイナミックマイクロフォン編のコラムはこちら
> Vol.3 ビンテージ機材の見極め編のコラムはこちら

著者紹介

佐藤俊雄(さとう としお)

1991年TONEFLAKE 設立。
真空管機材をメインにビンテージ機材のメンテ、改造、リボンマイクの修理などをはじめる一方、独自のブランドの機材も製作する。ヨーロッパ在住の経歴を生かし米国以外のメーカーとも連携を深める。
現在宮地楽器MID所属の傍ら、独自の研究と商品開発も続ける異色の存在。

1920年代からの録音機材の収集や1950~60年代のアナログレコーディング技術に詳しい。
メジャーレコード会社にての作家(アーティスト)およびエンジニアの活動経験もある。

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