さて、前回の記事『新品VS中古』VT737SP編はいかがでしたでしょうか?
今回のVol.2はその続編とも言えるヴィンテージ ダイナミックマイクロフォンの見極め編をお届けしたいと思います。

良いマイクは高いですよね。大きな営業スタジオに行けば、レンタルで一度に色々な機種を使う事も可能ですが、自宅クリエイターの人にとってはなかなかそうはいきません。
Neumann U87(派生機種も含め)というプロスタジオ定番のマイクも、いざ個人で所有しようとすると30万円近い値段ですから、そうそう簡単に誰でもという訳にはいきません。
また、レコーディング機材等の雑誌で見かける憧れのマイクや、ドラムを録音する時などに良く登場する定番のマイクも、絶版種などもあるので新品ではなかなか手に入らないのです。

今回はドラムレコーディングでは、定番中の定番であるこの2本についてお話したいと思います。

AKG D12とSENNHEISER MD421 通称『白クジラ』

この2本は既に生産が終了してから相当の年月が経っており、新品はまず入手できません。
極稀にデッドストックなどがありますが、それはまた別の意味で難しいので後で述べます。
もう中古しかないのですから、あとはコンディションの問題という事になります。

AKG D12

まずD12!
OEMで別ブランドの物も存在しますが、中身はほぼ同じで音質的な差はありません。
プラスチックの黒い枠に前後にクロームメッキのグリル、背面側には黒塗りのグリルが付き、マイクの向きが音を聞かずとも分かるようになっています。

一番最初に注意した方がいいのは、この黒い枠の下に付いているマイクスタンドのネジの付く部分です。手に取ってみると分かるのですが、この黒いプラスチックはあまり丈夫ではありません。その下の部分に細い4本のネジでこのマイクを支える金具が付くので、結構な力がかかっています。

ドラムなどに使う事が多かったり、またビートルズはボーカルマイクとしても使っていました。マイク自体が少し大きいので、手でグッと向きを調整する時に無理な力がかかり、この下の黒い部分が割れたりヒビが入ったりするのです。

ちゃんと修復してあれば良いのですが、瞬間接着剤も利きにくいので、なんとなく割れたままの個体も多いですね。今はスチロール系樹脂であれば、良い修復材があるので綺麗に直す事も可能です。

次に注意すべきはマイクのコードです。
黒いグリルの下から直接シールド線が出ていますが、これを引っ張ったり折ったりしてダメージを受けている個体も多いです。これも比較的修理は容易なので大丈夫ですが、チェックして音が出たり出なかったりしたらこの部分をチェックすると良いでしょう。
また、マイクスタンドに付く金具は途中に蝶番があり角度が変えられるようになっていますが、この部分も無理に曲げたり、ネジをキツく絞めすぎて戻らなくなったりしている個体をよく見かけます。ここは壊してしまうと代えが利かないので、よく注意して見てみましょう。

次に中身の状態の判断の仕方です。
普通に繋いで簡易卓上型のミキサーなどでも十分に判断出来ます。海外のオークションなどで出回っているものは、位相が反転しているものも少なくありません。
特にアメリカの一時期の物は、プロ機材は3番ホットの時代がありました。それをそのまま今の機材に繋ぐと、逆相の低音スカスカの音しかしないという状況が生まれます。『どうやって判断するか?』ですが、慣れている人であればその音を聞けば正相か逆相か分かります。しかし、自信の無い人は新品で正相のマイクを同じミキサーにつなぎ、マイクを同じ位置にセッティングして声を出してみます。
新品のマイクのゲインを調整し、フェーダーを上げて音が出る状態にしておき、次にテストするマイクのゲインを上げるかフェーダーを上げていくと同相であれば違和感なく音が大きくなっていきます。
もし、どちらかのマイクが逆相であれば、ゲインが上がるにつれてお互いの音を打ち消し合うので急に『スッ』と音が無くなる様な感じに聞こえます。この場合はどちらかのマイクが逆相なのですが、一応新品のマイクを信用するなら、テストしている方が逆相という事になります。この時テストは、出来るだけ似ているマイクか同じ系統の物を使用してください。

D12はダイナミックマイクですが、これを調べるのにもう一つのチャンネルにコンデンサーマイクなどを繋ぐと音質がかなり異なります。その為上記のような音の変化にならない事があるのです。ダイナミックを調べる時は、同じダイナミックマイクを繋ぐのがベストです。この時に30cmくらいの長さの逆相ケーブルを用意しておくと便利です。
逆相ケーブルはあまり売っていませんから作るしかありませんが、然程難しい物ではないのでシールドを自作出来る人なら自分で作っておくと良いでしょう。『逆相かな?』と思うマイクがあったらまずはそのまま繋いで音を聞き、次に逆相ケーブルを挟んでもう一度聞いてみると良いでしょう。すぐに違いが分かると思います。

マイクが正相か逆相かハッキリした所で、今度はちゃんとした音が出ているのかどうかを判断します。
正相の状態で口を近づけて低い声を出すとマイクの近接効果により、かなり強調された低域が出ると思います。これを行ってもあまり低域が『ブワッ!』と聞こえて来ない場合、今度は繋いでいるミキサーにイコライザーが付いていれば、低域を増減してみましょう。
これで変化があれば、低域そのものは出ているがレベルが少し低いという事になります。
ダイアフラムに問題がある場合は、イコライザーをいじっても低域が聞こえてこない事があります。この場合は残念ですが、ダイアフラムか途中の信号経路に問題があると言えます。

ビンテージのAKG社のマイクはその音質から大変人気があり、また当時の有名ミュージシャンも大勢が使っている事から、比較的多くの個体が市場には出回っています。
しかし、実はダイアフラムそのものに弱点があります。
古いものは紙や、セルロイド系、ポリ系の樹脂の薄い皮膜にコイルを糊付けしてます。この薄い膜はその薄さ故に湿度と温度に大変影響を受け、また経年劣化といって年月が経つと勝手に縮小したりします。
その時に均一に縮小しないため、偏ったり折れ目にクセが付いたりするのですが、糊付けしてあるコイルがその下にある強力な磁石の0.5mm程度の隙間の中を上下して動く仕組みになっています。
そのため、ダイアフラムにクセがあったり歪んだりしていると、コイルがちゃんと隙間の中を自由に動く事が出来ず、ぶつかったり酷い時は隙間に挟まってしまって動かなくなったりするのです。
こうなると低域は再生されません。
古いダイナミックマイクがスカスカの音がする原因の80%以上がこれです。

これは修復出来るのでしょうか?
いえ、残念ですが一度縮んだり歪んだりしたダイアフラムは直す事は出来ません。

つまり、ダイアフラムが原因である場合の低域不足は修理/改善されないのです。

残念ですが正規の性能を発揮することはもはや不可能なので、実質的な価値は相当下がる事になります。メーカーではダイアフラムとコイルを交換して張り替えるのですが、残念ですがもう生産が終わって数十年、部品もありませんし、張り替える技術者もいません。当時はそうやって直していたのですが….。

今度はSENNHEISER MD421です。

まず、このマイクはマイクホルダーが欠品している事がまあまああります。
そうなるとマイクスタンドに固定するのが難しいですが、最近ではMXL社のある型番のショックマウントが直径が近いので、挟み込んで使う事が可能です。以前はガムテープでぐるぐる巻きなどしていましたが、今ではこのショックマウントでなんとかなります。

このマイクはマイクケーブルを繋ぐ部分がXLRキャノンであるケースが少なく、多くはMiniature Tuchel3pin ( DINコネクターともいう)か、初期型では大型のTuchelの場合が多いです。そうなるとそのコネクターとキャノンXLRの変換ケーブルがないと使えません。ちょっと入手は難しいですが、探せばあるのでなんとかなります。

マイク側のコネクターのジョイント部にリングがあり、ここにローカットのロータリースイッチが付いている個体が多いと思います。稀に、ローカット無しの個体もあります。
このローカットスイッチが結構クセもので、ちゃんと機能していない場合も多いですね。物理的に壊れている場合は修復は難しいですが、単に接触不良だったり、内部の線材が断線しているだけの事もあります。ただ、ここは分解して元に戻すのは経験者でないとかなり難しいでしょう。大抵は壊してしまいます。
そのため経験者に見てもらうのが確実です。バージョンは自分が知る限りでは3ないし4くらいあったと思います。

さて、MD421も低域スカスカの個体が多いですが、これは直せるのでしょうか?
AKGと同じで、ダイアフラムの材料の縮小により起こった動作不良の場合は、まず修復は不可能です。
ただし、このマイクは野外で使われることが多かったのか、砂鉄やゴミによってダイアフラムの動きが封じられている場合が少なくありません。この場合はフラム部を丁寧にバラし、砂鉄などを丹念に取り除くと通常の動きが復活する場合があります。その場合は低域は復活します。

ヘッドバスケット部分はちょっと組入った仕組みになっているので、残念ながら簡単にはバラすことは困難です。この作業だけでも工賃かかりますので、直す事が必ずしも正解とは言えません。
値段によっては、諦める方が良い場合も少なくないのです。もちろん貴重なビンテージマイクですから、購入時の価格にとらわれず、しっかり直すというのも一つの方法です。開けてみて、ゴミや砂鉄によるトラブルだった場合はそれを除去すれば直ります。AKGD12系のマイクではなぜかあまりそのようなケースはありませんでした。D12だって結構野外で使われているんですが…。

基本的には低域がスカスカの場合、まずはローカットスイッチを疑ってみて、それでも改善しない場合はダイアフラムをチェックします。ただ、ヘッドバスケットを完全分解しないといけないのでちょっとした手間ヒマがかかるのです。
また稀にですが、胴体がヒビ割れてそこから内部音響チェンバーに空気が漏れて低域がスカスカになっている事があります。この場合は、胴体の割れを修復すれば直ります。ただその場合もヘッドバスケットとコネクタージョイント部分は完全にバラさないといけないのでお金はかかりますね。

ヴィンテージダイナミックマイクの目利き

1) 位相に気を付ける(チェック時に可能なら両位相とも試してみる)
2) 逆相ケーブルを持参する
3) マイクホルダーや専用変換ケーブルがちゃんとしているかチェックする
4) 低域がきちんと出ているか、また修復可能な物なのかを見極める。
5) 出力レベルを見る。あまりに小さい場合は内部断線の疑いがある

相場はその時々なので、色々調べてみると良いでしょう。
ただ、世間的な相場はこのような音響テストを前提とした値付けではないので、あくまで低域スカスカのリスクがあるということです。
逆に音を聞いてしっかりした個体の場合は、少々値段が高くても本当にそのマイクを探しているのならば買うべきでしょう。

5万円でそこそこのコンディションのマイクと、7万円で音もバッチリで外装も綺麗という個体があった場合、自分なら間違いなく7万円の個体を選びます。
ここで2万円節約してもその後の修理代がかかってしまえば同じですし、ましてや音がイマイチなマイクを買ってなんの意味があるのか?という話ですね。
そのマイクで音を録音したらそのソースは台無しになります。その音のトラックをミックスし、最終的には貴方の音という判断をされ次回から仕事が来ない、なんていう事にもなりかねません。

 

~近日公開予定のVol.3に続く~

以前のシリーズはこちらから

> Vol.1 マイクプリアンプ編のコラムはこちら

著者紹介

佐藤俊雄(さとう としお)

1991年TONEFLAKE 設立。
真空管機材をメインにビンテージ機材のメンテ、改造、リボンマイクの修理などをはじめる一方、独自のブランドの機材も製作する。ヨーロッパ在住の経歴を生かし米国以外のメーカーとも連携を深める。
現在宮地楽器MID所属の傍ら、独自の研究と商品開発も続ける異色の存在。

1920年代からの録音機材の収集や1950~60年代のアナログレコーディング技術に詳しい。
メジャーレコード会社にての作家(アーティスト)およびエンジニアの活動経験もある。

share

CONTACT

お問合せ/ご来店予約/
買取申込/みくスタ予約